アフガニスタン紛争

(2001年10月07日)

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2001年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロ事件は、
その損害の大きさでアメリカ合衆国を含む世界各国に衝撃を与えた。

北大西洋条約機構 (NATO)は
テロ攻撃に対して「集団的自衛権」を発動した。

アメリカ政府によって、
これまで数度に渡ってアメリカに対するテロを行った
ウサーマ・ビン=ラーディンとアルカーイダに
首謀者の嫌疑がかけられた。

アフガニスタンの9割を実効支配していたタリバン政権は、
数度に渡る国連安保理決議によって
ビン=ラーディンとアルカーイダの引渡しを要求されていたが、
拒否し続けており、今回も拒否した。

NATOは
攻撃によってタリバン政権を転覆させる必要を認め、
2001年10月にアフガニスタンの北部同盟と協調して攻撃を行い、
タリバン政府を崩壊させた。

以降、国連の主導によるアフガニスタン復興と
治安維持が行われているが、
南部を中心としてタリバン派の勢力が攻撃を行っており、
アフガニスタンの治安は2011年現在も安定していない。

この攻撃は
アメリカ合衆国政府によって「対テロ戦争」の一環と位置づけられ、
国際的なテロの危機を防ぐための防衛戦として行われた。

イギリスを始め、多くの国がこのアメリカ政府の攻撃に賛同した。

対テロ戦争全体の作戦名は、当初
「無限の正義作戦
(OIJ: Operation Infinite Justice)」とされたが、
参加諸国の間で評判が悪かったため、
「不朽の自由作戦
(OEF: Operation Enduring Freedom)」と改められた。

またその後、
アフガニスタンからパキスタン連邦直轄部族地域にかけて
タリバン系の組織活動が活発となり(ワジリスタン紛争)、
海上でテロ組織の補給ルートを断ち切る海上阻止活動
(OEF-MIO:Maritime Interdiction Operation)も行われている。

対テロ戦争の動きは更に、
イラン、イラク、北朝鮮の3ヵ国を
テロ支援国家であるとするブッシュ米大統領の
「悪の枢軸発言」に発展し、2003年3月には
イラク戦争が始まった。

http://ja.wikipedia.org/wiki/アフガニスタン紛争_(2001年-)

http://www.history.army.mil/brochures/Afghanistan/Operation Enduring Freedom.htm

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