イギリス軍の中東撤退が決定

(1968年01月)

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イギリス労働党のウィルソン内閣が、
財政問題を主とする内政上の理由から
1971 年末までに
スエズ以東から軍を撤退することを決定した。

これにより中東に
軍事的な真空状態が生まれた。

そして、それを埋めるのに
アメリカは適任ではなかった。

理由としては、
アメリカがイスラエル問題を抱えていることもあったが、
何よりアメリカ国民は、ベトナム戦争で疲れていて、

「これ以上、よその国のために
責任を負いたくない。」

と考えていた。

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その真空状態を埋めようと
意欲を燃やしていたのが
イランのパーレビ国王だった。

ニクソンは、
パーレビ国王の意向を支持し、
イランは西側から武器の供与を受けて
湾岸地域を守ることになった。

パーレビ国王は
自分の戴冠式に1億ドルをつぎ込んだ。

パーレビ国王は
ドイツの工業力と
イギリスの威厳を求めていた。

そのためパーレビ国王は、
イランの石油生産量を急増させた。

しかし、
石油の価格が抑えられていたため、
満足のいく収入は得られなかった。

石油はいずれなくなる。

そうなる前に、工業化、近代化を
果たさなければならなかった。

http://ja.wikipedia.org/wiki/ハロルド・ウィルソン

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