第一次中東戦争 停戦

(1949年07月)

1949年1月から戦争に疲弊した各国は
停戦交渉を開始し、
2月23日に
イスラエルとエジプトの停戦協定が結ばれたのを始めとして、
7月までに各国と停戦協定が結ばれた。

パレスチナ地域のうち、
大部分をイスラエルが獲得したが、
停戦時にエジプト軍が保持していたガザ地区はエジプト領になり、
ヨルダン軍が保持していたエルサレム旧市街を含むヨルダン川西岸地区は、
12月に部分的なパレスチナ人の賛同と
トランスヨルダン議会の決議により、
トランスヨルダン領に編入され、
国名をヨルダン・ハシミテに変更した。

このとき確定した国境線は
グリーンラインと呼ばれ、
現在もユダヤとアラブの境界線として
国際的に解釈されている。

聖地エルサレムは
東をヨルダン、西をイスラエルが領有して、
中間を国連が監視する非武装中立地帯とした。

しかし、ユダヤの聖地は東側の旧市街にあり、
巡礼することのできなくなったユダヤ人右派の不満は募った。

http://ja.wikipedia.org/wiki/第一次中東戦争

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