東映 設立

(1951年04月)

6106166126.jpg
東京映画配給(株)、東横映画(株)、太泉映画(株)の3社が合併し、
東映株式会社が発足。

これまで「東横映画」が
「大映」より賃借していた「東横映画 京都撮影所」を
「東映 京都撮影所」に改称。

1949年(昭和24年)10月1日設立の東京映画配給が
1951年(昭和26年)、東京・大泉の旧新興キネマ東京撮影所を買収して貸スタジオを経営。

やがて映画製作に進出した「太泉映画」と
1938年(昭和13年)設立で東急東横線の沿線開発を目的に、
東京の渋谷や横浜で映画館を経営していたが、
戦後大映より京都第2撮影所(旧「新興キネマ京都撮影所」)を賃借して
映画製作に進出した「東横映画」を吸収合併、
社名を「東映」と改めて出発した。

東横映画を吸収したことからも判る様に
設立には東急電鉄が関わっている。

阪急電鉄創業者の小林一三が東宝を作ったように、
五島慶太は東映を作った。

東横映画には、マキノ光雄と根岸寛一を中心に、
大陸から引き上げた満州映画協会OBが製作スタッフとして参加しており、
そのまま東映に移行した彼らは
松竹、東宝、大映に継ぐ後発映画会社である「第四系統」として
誕生した会社を担うことになる。

上記のように企業としては戦後派であるが、
撮影所は東西ともに
帝キネ→新興→大映第二(東横)を引き継いでおり、
徹底して大衆娯楽路線を重視する路線も引き継ぐ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/東映

コメント