旧 虫プロ 倒産

(1973年11月01日)

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3億5千万円の負債。

手塚は、
原作作品の率が少なくなってきた
1971年に社長を退任している。

ただし、手形の保証などを
手塚個人の名義で行っていたため、
手塚はその後、残務処理に忙殺された。

手塚が退任した後、
虫プロが倒産に至るまでの間に、
西崎義展や川畑栄一が
虫プロの経営を務めるが
本社の資金は上らずに倒産した。

この倒産から新社設立までの間に、
多くのスタッフは
他のスタジオへと移籍していった。

また、プロ野球球団「ヤクルト アトムズ」が
「ヤクルト スワローズ」に名称変更した
きっかけになった。

また、手塚の負の遺産として代表的に挙げられるのは
アニメーターを薄給の上に長時間労働で酷使し、
この悪習が業界に定着してしまった事である。

虫プロ倒産の一因は
待遇改善を求めた労働争議であった。

手塚自身、睡眠時間は1日わずか4時間程度で、
それ以上眠ることはほとんどなかったと言われる。

徹夜をすることも多く、手塚の死因を
胃癌ではなく過労死だと言う人も多い。

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【虫プロ出身のアニメ制作会社】

・手塚プロダクション…手塚治虫・小林準治・上口照人・中村和子等
・オフィス・アカデミー…西崎義展・芦田豊雄(一時期)・安彦良和(一時期)・槻間八郎・豊田有恒・野崎欣宏・山本暎一等
・サンライズ (営業系の人材が主体となり独立)…鈴木良武(一時期)・富野由悠季・安彦良和・岸本吉功・星山博之等
・マッドハウス (制作系の人材が主体となり独立)…りんたろう・川尻善昭 等
・グループ・タック(音響系の人材が主体となり独立)…田代敦巳等
・ナック…西野聖市・小柳朔郎・月岡貞夫等
・アートフレッシュ …鈴木良武・杉井ギサブロー・出崎統・吉川総司等
・東京アニメーションフィルム (動画撮影系の人材が主体となり独立)…清水達正等
・シャフト…若尾博司
・スタジオ・ライブ…芦田豊雄
・ぎゃろっぷ…若菜章夫
・京都アニメーション…在籍経験がある八田陽子が設立
・アナザープッシュピン・プランニング…在籍経験がある野村和史が設立
・グルーパープロダクション…波多野恒正・波多正美
・イマジン…在籍経験がある酒井明雄が設立
・ぴえろ…布川ゆうじ
http://ja.wikipedia.org/wiki/虫プロダクション

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