有)サンライズスタジオ創業

(1972年)

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虫プロの制作・営業部門だった岸本吉功、伊藤昌典、
山浦栄二、渋江靖夫、岩崎正美、沼本清海の7名が
設立メンバーである。

資金がなかったことから、
同年、虫プロ音響を担当していた東北新社に出資してもらい、
サンライズ創業者との共同出資により
株式会社 創映社 設立。

創映社が
企画と営業を行い、
アニメの実制作は
サンライズスタジオで行なう体制だった。

当時の企画・開発陣は
サンライズスタジオと創映社の
両方に在籍する状態だったが、
創映社自体は東北新社の子会社で
下請けの存在だったため、
当時制作した作品の著作権表示は
全て「©東北新社」となっている。

彼らのルーツともいえる虫プロが、
クリエーターである手塚治虫が経営していたため
作品作りを優先し、
合理的な経営ができなかったため、
1973年に経営破綻してゆく様を目の当たりにした。

この反省から

「クリエーターが経営陣に入ってはいけない」

という方針も取っている。

このため同社の作品は
監督レベルまで外注スタッフである。

スタッフのほとんどを自社で抱えていた虫プロの反省でもあり、
富野由悠季や高橋良輔などの監督も外注スタッフである。

経営陣はアニメの作品性も重視するが、
それ以上に必要に応じた外注の多用など
コスト削減や玩具販売なども含めて、
総合的な採算性を最重視する経営方針を打ち出した。
http://ja.wikipedia.org/wiki/サンライズ_(アニメ制作会社)#.E5.89.B5.E6.A5.AD

玩具の商品化を企画の出発点とした制作スタイルを
とっていたことも、特徴の一つである。

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