クーデターにより鹿内宏明が解任

(1992年07月21日)

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1992年6月23日のフジテレビジョン株主総会で、

「1982年の三越・岡田茂社長解任劇のように
宏明も解任されるのではないか」

との怪情報が流れる。

宏明自身も
自己に対する情勢が
不利であることを認識しており
自身の権力維持のため
強硬な人事を行う。

しかし1992年7月21日、

「グループを私物化し
新聞を代表する者として不適任である」

との理由から
羽佐間重彰・日枝久を中心とする
クーデターが発生。

産経新聞社取締役会にて
突然会長職を解任される。

宏明は
彼自身の私生活の問題から、
大株主であった信隆の未亡人からも
既に見放されており、孤立無援になった。

翌7月22日、
宏明は記者会見を開き、

「ニッポン放送、フジテレビジョン、サンケイビルの会長職と
フジサンケイグループ議長を辞任する」

と自ら発表する。

その後、取締役も辞任し、
フジサンケイコーポレーションは解散。

鹿内家のグループの経営支配は
終わりを迎える。

その後しばらくは
「鹿内家」が筆頭株主である状態が続き、
資本的支配を示すがごとく
株主総会に出席して
睨みを効かせていた。

1996年、
ニッポン放送は東証二部に上場。

フジテレビが上場する条件として
親会社にあたるニッポン放送も
上場の必要があったためであるが、
本当の目的は
上場により
鹿内家の持つニッポン放送の持株比率を低下させ、
フジサンケイグループにおける
鹿内家からの影響力を
排除する事が目的だった。

2005年1月4日、
鹿内宏明夫妻は
鹿内家一族名義で所有していた8.0%の株(のほとんど)を
大和証券SMBCに売却。

名実ともに
鹿内家の支配は終焉を迎えた。

(しかし、その後
鹿内宏明夫妻が大和証券SMBCに対し、
「売買契約に抵触する法令違反などがあったので、
株式売買契約を解除し、株式の返還を求める」
と主張する内容証明郵便を
送付していた事がわかった。)
http://ja.wikipedia.org/wiki/ニッポン放送の経営権問題#.E9.B9.BF.E5.86.85.E5.AE.8F.E6.98.8E.E8.A7.A3.E4.BB.BB.E3.82.AF.E3.83.BC.E3.83.87.E3.82.BF.E3.83.BC

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