金寿煥(キム・スファン)が枢機卿に選任

(1969年04月28日)

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パウロ6世は
わずか46歲の金寿煥を枢機卿の位に挙げ、
その他にも平壤教区の教皇庁代理を兼任させた。

彼は韓国初の枢機卿である外に、
当時時ローマカトリック內で最年少の枢機卿であった。

1970年代から1980年代にかけて、
金寿煥は
韓国が独裁体制を取っている間に
人権の守護者となり、
そのため多くの韓国人は彼を
人権及び民主主義の守護者と称した。

1990年代には、韓国での反米親北の傾向を憂い、
北朝鮮の人権及び体制に注意を払う必要性を表明した。

1998年に開催したアジア司教会議特別大会では、
金寿煥は3人の主席の代表の1人に選ばれた。

2009年2月16日、夕方の6時12分に
ソウル大司教区の江南聖母病院で世を去る。

86歳であった。

最後に
「ありがとうございます、愛し合いましょう」
という言葉を残した。

金寿煥は1989年に臓器移植同意書に署名していたので、
同日夜の7時20分に眼球の移植手術を2人の病人に行い、
その後亡骸はソウル明洞聖堂に移された。

http://ja.wikipedia.org/wiki/金寿煥

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