独立門が完成。

(1897年11月20日)

File:Dokripmun.jpg

本来この建物は慕華館 であり、
中国使臣を迎えたところでしたが、
徐載弼(ソ・チェピル)博士の独立協会が
1894年甲午更張
(高宗王31年目の1894年開化派らが
政治制度を近代的に改革したこと)当時、
改修して独立館に名づけたところです。

独立館は
日本に国を奪われるまで民族の独立、
自主精神、人権伸張を図るための
愛国広場として活用されました。

本来は韓国伝統の建築様式の1階建てであり、
現在の位置から南西側に約350㎞の地点にありました。

http://www.lifeinkorea.com/cgi-bin/travel2j.cfm?TravelID=321

日清戦争により日本が清に勝利し、
下関条約にて
清の冊封体制からの
李氏朝鮮の独立を認めさせた。

これにより李氏朝鮮は
清の支配から解放され、
自主独立国家として歩みだすことになったことで、
清への服属を象徴していた迎恩門を壊した。

その後に登場する独立協会が、
迎恩門の跡地のすぐ隣に
独立門を建てた。

さらに、迎恩門に隣接していた慕華館(모화관)は、
独立協会の事務所として
独立館(독립관)と改名された。

独立門は、
独立協会が中心となった募金活動によって建てられた。

https://ja.wikipedia.org/wiki/独立門

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