全斗煥(チョン・ドゥファン)が大統領に就任

(1980年08月27日)

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全斗煥が第一に目標としたのは、
「漢江の奇跡」以来の
経済成長の夢の再来だった。

就任当時、
経済成長率はマイナス4.8%、
物価上昇率は42.3%、
44億ドルの貿易赤字を抱えていた。

経済成長をなくして国は成立しない
と考えた全斗煥は、
執務の合間に
経済学博士や財界の実業家などを呼び、
大幅に時間を割いて経済の勉強を開始した。

この際、

「国民総生産600億ドルを目指し、
日本から学んで、日本に追いつこう」

をキャッチフレーズとした。

経済政策は、
朴正煕時代に作られた経済開発院ではなく、
青瓦台の経済首席に任せ、
自らが事実上経済政策の主導権を握った。

この結果、
1987年の経済成長率は12.8%、
物価上昇率0.5%、
貿易黒字は114億ドル、
国民一人当たりGNPは3098ドル、
国民総生産は1284億ドルと、
主要な経済指数のほとんどを
上向かせることに成功した。

全斗煥は、
韓国の歴代大統領としては初めて、
現在の韓国を含む朝鮮半島が
日本の植民地となったことは、
自分の国(当時の大韓帝国)にも責任があったと認め、
当時日本でも大きく報道された。

1981年8月15日の光復節記念式典の演説では、

「我々は国を失った民族の恥辱をめぐり、
日本の帝国主義を責めるべきではなく、
当時の情勢、国内的な団結、国力の弱さなど、
我々自らの責任を厳しく自責する姿勢が必要である」

と主張している。

また、翌年の光復節記念式典においても、
歴史教科書問題により、
日本人に対するタクシーの乗車拒否が起こるなど、
反日感情が渦巻いていた韓国において、
前述の通り強硬的な姿勢を見せながらも、
「異民族支配の苦痛と侮辱を
再び経験しないため確実な保障は、
我々を支配した国よりも暮らし易い国、
より富強な国を作り上げる道しかあり得ない」
と述べ、「克日」を強調した。

http://ja.wikipedia.org/wiki/全斗煥

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