青瓦台襲撃未遂事件

(1968年01月21日)

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朴正煕大統領は事件直後、
駐韓アメリカ大使に

「北の奴等が私を殺しにきた」

「北を攻撃しなければならない。
2日で平壌まで進める」

と、憤りをあらわにした。

事件を北朝鮮が謝罪しない場合は、
報復攻撃を行うべきとの書簡を
アメリカのリンドン・B・ジョンソン大統領に送った。

ところが、直後の1月23日に
プエブロ号事件が発生する。

アメリカは報復のために空母を派遣するが、
すでにベトナム戦争を戦っている中で
新たに朝鮮半島で軍事行動を起こす余力が無く、
また北朝鮮と同盟していたソビエト連邦と
直接戦争に至る可能性を考慮して、
ジョンソンは外交交渉を選んだ。

アメリカの援助を受けられないと知った朴は
軍の北進を断念した。

しかし朴は

「われわれは日夜、このようにやられてばかりいるのか。
何か方法はないのか。報復する方法が」

と北朝鮮への対抗策を求め、
政権内部での発言力を強めたかったKCIAの金炯旭部長が
金日成暗殺部隊の創設を決意した。

( 後に映画化される「シルミド」部隊 )

http://ja.wikipedia.org/wiki/青瓦台襲撃未遂事件

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