保導連盟事件

(1950年06月27日)

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朝鮮戦争が勃発し、北軍がソウルに迫った。

6月27日、李承晩は
保導連盟員や労働党員を
処刑するよう命令を発し、
同日中にソウルを脱出した。

韓国軍、警察は
釜山にまで後退する一方、
保導連盟に登録していた韓国人を
危険分子と見なして
大田刑務所などで大虐殺を行った。

また、北朝鮮軍が侵攻していない非戦闘地域の
釜山・馬山・済州の刑務所などでも
韓国軍や韓国警察により
市民や囚人達が虐殺されたことが確認されている。

済州では同時期に
「済州島四・三事件」による虐殺もなされている。

また、晋州刑務所に収監されていた民間人を
馬山の廃坑に連行して虐殺した。

韓国中部の忠清北道清州市、清原郡でも虐殺が行われ、
清原郡では、100体以上の虐殺体が発見されており、
犠牲者は7000人に上るとされている。

韓国南西部の全羅南道咸平郡の村では、
韓国陸軍第11師団によって
無実の村民たちが虐殺されたことが明らかにされ、
調査委員会は「人道に対する罪」であるとしている。

http://ja.wikipedia.org/wiki/保導連盟事件

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