【阿部内閣】「大日本音楽著作権協会」が設立。(JASRACの前身)

(1939年11月18日)

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1939年に大日本音楽著作権協会の名称で設立された社団法人で,
著作権に関する仲介業務に関する法律 (昭和 14年法律 67号) により
主務官庁の許可を得た日本唯一の音楽著作権仲介団体となった。

2001年の著作権等管理事業法制定にあわせ,
自動的に同法の登録事業者に移行。

https://kotobank.jp/word/日本音楽著作権協会-168041

事態打開のため
1939年に、著作権管理の仲介業務は内務省の許可を得た者に限るとする
「著作権ニ関スル仲介業務ニ関スル法律」(仲介業務法)が施行されて
JASRAC前身の大日本音楽著作権協会も設立され、
翌年1940年に業務が開始された。

プラーゲは著作権管理業務から排除されて
同法違反で罰金刑を受け、1941年に離日した。

文化庁は大日本音楽著作権協会ほか4団体に
仲介業務の許可を与えて他の参入を認めず、
音楽著作権の仲介は
大日本音楽著作権協会の独占業務となった。

https://ja.wikipedia.org/wiki/日本音楽著作権協会#概要_2

https://ja.wikipedia.org/wiki/阿部内閣

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