【西崎義展】虫プロ商事にの企画制作部長に就任。

(1971年02月)

帰国後、
広告代理店・東弘の紹介を得て

1971年2月頃より
手塚治虫が社長の虫プロ商事に
企画制作部長として就任。

また、手塚治虫と個人契約を交わして
著作権管理のマネージャーを務めるようになり、
積極的な版権営業を行い[17][16][19][20]、
朝日放送に対して
『ふしぎなメルモ』アニメ化の
売り込みに成功する。

多忙な手塚に代わり
事実上の虫プロ商事社長代理として
経営改革を図ったが、
急進的な改革は専横状態となって
人心を掌握できず、
虫プロ商事は混乱状態に陥る[21][22]。

https://ja.wikipedia.org/wiki/西崎義展

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