骨喰藤四郎、徳川家から京都豊国神社へ

(1868年)

焼身になって以降、一期一振・鯰尾藤四郎よりも後の時代に再刃され、紀伊徳川家に伝わっていた。

豊臣家滅亡以降、家康の意向で取り潰されていた豊国神社が明治天皇により再建。
その際に徳川家から神社へ移された。

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