バルとヒュルゼンベックが「表現主義者の夕べ」を開催する。

(1915年05月12日)

これはイタリア未来派の観衆を挑発するテクニックを採用したものだったので、10日後にイタリアがドイツの同盟国オーストリア・ハンガリーに宣戦布告して敵国となると、この出来事は危険な企画と見なされるようになった。徴兵されることを恐れて、バルとヘニングスは彼女が偽装したパスポートを使ってスイスへ逃れた。ここでもヘニングスの演技者としての経験が役立って、彼らはマクシム・アンサンブル巡回キャバレ団に入り、なんとか生計をたてることができた。そして、1916年2月、2人はチューリッヒの裏町にあったキャバレの主人、ヤン・エフライムに、この店をキャバレ・ヴォルテールとして新装開店すればビールの売り上げが増えるだろう。

コメント