ニューヨークの画商セス・シーゲローブによる「1969年1月5ー31日」展

(1969年01月05日)

アメリカで一般にコンセプチュアル・アート発祥の展覧会と展覧会と見られているのは、ニューヨークの画商だったセス・シーゲローブが手掛けた「1969年1月5ー31日」展だ、彼にとって「展示」を今までにない代替形態で行う実験はこれが初めてではなかった。すでに何度か、実際の展覧会を破棄して、かわりに展覧会そのものとしての役割を果たすカタログを制作する、といったことを行っていた。アートを従来のギャラリーの文脈から切り離し、本の頁にもり込んだシーゲローブだが、今また「1月展」を空間にもって帰ってきた。だがその空間は、それまでアートが住んでいた空間とは大きく違っていた、東52丁目44番地にあった特徴のないマクレンドン・ビルの空いていたオフィス・スペースを賃借したのだ。実現化より観念化の過程を重視するというアーティストたち(ロバート・バリー、ダグラス・ヒュブラー、ジョセフ・コスース、ローレンス・ウィーナーほか)の作品を展示したが、まさに観念によって「成立した」展覧会だった。依然として、最重要な要素はカタログで、そのなかで支配的だったのは観念、観念を直接的、本質的に提示するものだった。カタログに添付された紙にシーゲローブはこう書き記した。「展覧会はカタログ(で伝達されている観念)で成立している。(作品の)物理的な存在はカタログを保管するものである」。来場者が受付のあるスペースに入ると、エイドリアン・バイパー(当時は無名の若手アーティストだった)が質問に答えるべく待機しており、腰掛けてカタログを読んだりすることもできる。カタログはリングで頁をまとめた小ぶりのフォルダーで、アーティスト一人につき8点の作品が紹介され、2枚の写真と文章による声明が載っていた。ローレンス・ウィーナーはマクレンドン・ビルの建物そのものの壁を縦横92cmの範囲ではぎ取り、ここでも(ある量の漂白液を敷物にかけ、漂白をおこすこと)を出展した。コスースは、かつて(観念としてのアートという観念)シリーズの一環として掲載したシソーラスの項目が印刷されている新聞や雑誌の頁を何枚か掲示した。

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