兵庫で「具体美術協会」結成

(1954年)

「人の真似をするな」という吉原の指導のもと、従来の表現や素材を次々と否定して新しい美術作品を生み出していった。初期のメンバーは、吉原の周辺や芦屋市展に集まっていた若手美術家で、嶋本昭三、山崎つる子、正延正俊、上前智祐、吉原通雄、吉田稔郎、白髪一雄、村上三郎、金山明、田中敦子、元永定正など。機関紙「具体」の発行、芦屋川河畔での野外展、東京(草月会館)および関西での「具体展」、梅田のサンケイホールなど舞台での発表やデパートの屋上でのアドバルーン展など、型破りで新鮮な活動をめざましく展開していった。やがて具体はフランスの批評家ミシェル・タピエによって「アンフォルメルの日本における一例」として広く海外へ紹介され、高く評価されるようになった。(その一方、抽象絵画の団体として紹介されてしまったことで以後の活動は平面作品が中心となり、初期の立体作品や舞台を使ったパフォーマンスなどは行われなくなる。)

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