デュシャンが「階段をおりる裸体(no2)」をアンデパンダン展から引き揚げる。

(1912年)

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デュシャンの兄アルベール・グレーズとジャン・メツァンジェ(ともに同展のの審査委員で、教条的なキュビストの「あの作品は未来派に似すぎている」「あまりにも文字通りの題名がつきすぎているので、これでは戯画になってしまう」「題名をキャンバスの下に書くのはキュビストのすることではない」「裸体はけっして階段をおりたりはしない、裸体は横たわるものだ」などが理由。これ以降デュシャンは絵画と決別とする。

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