ヤング、パイク、オノら、フルクサスのパフォーマンスの破壊的傾向に不満を抱き脱退。

(1964年)

マチューナスの指示による「フルクサス」のパフォーマンスは寄席芸であり、バルやツァラのダダイストの浅薄なリヴァイバルにすぎない」と断言してフルクサスと袂を分かつ(ミニマリズムとフルクサス両方に携わったのはモリスのほかにはいないと思われる)

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