【野平匡邦】千葉県銚子市長に就任。

(2002年08月20日)

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http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1334611/www.city.choshi.chiba.jp/mayor/ma_profile.html

12年前、野平市長(当時)が大学誘致を公約に掲げて当選。

私は市議会議長として市長とともに
大学誘致の実現に向けて精一杯の努力を傾注した。

https://web.archive.org/web/20170307124958/http://www.komei.or.jp/km/choshi-hoshi-nobundo/2014/05/25/千葉科学大学10周年記念式典/

千葉科学大学が設立されたのは平成16年。よくよく考えると、少子化がはっきりとわかっている中、銚子市という辺鄙で学生を集めにくい場所になぜ設立されたのか疑問がわく。
学園設立計画が持ち上がったのは平成14年の銚子市の市長選挙。現職市長に対抗して立候補した野平匡邦氏が選挙公約として「学年定員400人の薬学部と危機管理学部を持つ大学新設を目指す」とブチ上げたのだ。

「銚子市は財政再生団体間近といわれてますが、
この選挙の頃すでに財政はきわめて切迫しており、
市の経済を支える水産加工業も衰退の一途。

こんな先行きのない状況に
市民の
現職市長・大川政武氏への反発は
大きくなっていました。

そんな市民感情に乗っかる形で
市長の反対勢力が担いだのが
旧自治相の元キャリアで
岡山県副知事も務めた野平氏。

野平氏は加計学園の誘致を目玉に
財政再建の青写真を掲げたのです」(地元紙記者)

金権選挙地区で現職が有利と見られていたが、
結果は予想を覆して野平氏が勝つ。

しかも、現職にダブルスコア以上の大差をつけた圧勝だった。

さらに言えば市民は
野平氏と家計学園とのつながりを知っていながらである。

http://nippon-times.net/2017年8月号/#t08

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