【片山哲】「職業安定法」が成立。

(1947年11月30日)

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日本社会党による単独政権で、
労働大臣は、同党の米窪満亮。

この法律では、労働者供給業は、禁止されていた。

https://ja.wikipedia.org/wiki/職業安定法

https://ja.wikipedia.org/wiki/片山内閣

https://ja.wikipedia.org/wiki/米窪満亮
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日本でも明治期、あるいはそれ以前の江戸時代から、
建設現場などを中心に「人貸し」「人足貸し」といわれる、
労働者を送り込んで働かせる業者が存在していた。

もちろん、法律の裏づけもないため、雇用関係や責任の所在は曖昧で、
不当な中間搾取(いわゆるピンハネ)も横行し、
労働環境としてはきわめて劣悪なものであった。

現在、職業安定法で
「労働者供給事業」が原則禁止とされているのは、
こうした歴史が背景にある。

https://jinjibu.jp/f_haken/article/detl/outline/836/
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「請負工」として工場に送り込まれていた労働者は、
いったん「臨時工」として
直接工場に雇われることとなったのです。
経営が安定しだした1950年代になると、
大企業は優秀な新規中卒者を囲い込んで養成工を育てる一方、
足りない労働力を「臨時工」で補うようになります。
こうして「臨時工」と「本工」(今でいう正社員ですね)の
格差が問題となるのですが、
問題は長くは続きませんでした。
というのも、1950年代後半から
高度経済成長期に入ります。

急速に人手不足になると、
「臨時工」として雇う必要はありません。
1960年代に入ると、
「臨時工」を常用工として雇用するようになり、
「臨時工」は瞬く間に減少していったのです。

http://www.easyroudouhou.com/category3/entry30.html
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