言論出版妨害事件

(1969年10月)

book_taboo.png

以後、創価学会は
貧・病・争の言葉で表される社会の下層を取り込む戦闘的な折伏至上主義から
知識人・学生をはじめとするリベラル層への浸透も狙った反戦平和を強調するソフト路線へに
大きく舵を切ることになる。

(「創価学会秘史」高橋篤史・著 p.277 )
--------------------------------

10月4日
自民党の田中角栄幹事長が、藤原弘達に電話をし、
公明党竹入委員長からの依頼だとして
出版中止の要請をする。

10月15日
藤原弘達は
田中角栄から赤坂の料亭に呼ばれ、
様々な甘言で働きかけられるが、拒否する。

池田大作と竹入義勝が
この交渉を隣の部屋で聴いていたのを目撃した仲居の証言が
後に『産経新聞』で報じられる
(『産経新聞』の政治部記者(当時)の俵孝太郎のスクープ)

また公明党書記長(当時)矢野絢也も
この会談を隣の部屋で聴いていたという。

https://ja.wikipedia.org/wiki/言論出版妨害事件

創価学会・公明党の言論出版妨害事件とは?

https://www.jcp.or.jp/faq_box/001/991028_faq_komei_sg.html

コメント