大島高任が木炭高炉を建設し、初出銑し。(国内初の商用高炉)

(1857年12月01日)

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日本で近代製鉄法が始まったのは、
安政4年(1857年)、
大島高任が
現在の岩手県釜石市に建設した木炭高炉からであり、
ここで初出銑した12月1日 が
「鉄の記念日」となっている。

しかしながら、当時、
国内の生産力はほとんどなく、
たとえば明治27年(1894年)では、
国内鋼材需要8万8000トンに対し
輸入は8万6000トンと、
ほぼ全量を輸入せざるをえない状態だっ た。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/coj1975/27/1/27_81/_pdf
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西洋と並ぶ高品質な鉄を造るべく、
良質の鉄鉱石が産出する大橋(釜石)の地に
U・ヒュゲーニン著の「ロイク王立鉄製大砲鋳造所における鋳造法」を参考として
西洋式高炉を建造、
安政4年12月1日(新暦1858年1月15日)に
鉄鉱石製錬による本格的連続出銑に成功する。

これは商用高炉としては日本初であり
(なお、日本において高炉による初出銑は
鹿児島の集成館高炉によるもので、
安政元年(1854年)のことである)、
大島は後の明治政府においても
技術者として高く評価され、
鉱業界の第一人者として活躍したことから
日本近代製鉄の父と呼ばれている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/大島高任
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