(時時刻刻)脳死移植、伸びぬ件数 法的判定、9年余で50例 制度は定着

(2006年10月30日)

006702006年10月30日朝刊2総合00203258文字福島県いわき市と川崎市の病院で27日から28日にかけて、2人の男性の脳死判定が実施され、臓器移植法に基づく脳死判定が50例(臓器提供は49例)に達した。97年10月16日の法施行後、10年目に入ってのことだ。今春、公的な医療保険が適用になったことに象徴されるように、脳死移植の制度は徐々に定着してきた。とはいえ、この間に国内で脳死移植を受けた患者は187人。臓器提供数が限られているのはなぜなのか。

脳死判定された臓器提供者(ドナー)2人の臓器は、当初11人に移植される計画だった。2件は医学的理由で断念されたが、二つの心臓を含む各臓器が防災ヘリやチャーター機、定期便旅客機、新幹線、タクシーなどのリレーで、東北から九州まで9人の患者へ届けられ、手術が行われた。
50例目の脳死判定を実施した川崎市の関東労災病院。28日夕、記者会見した医師らは緊張を隠せない面持ちだった。「なにぶん当院にとって、初めての事例だったものですから……」と、何度も「初めて」を強調した。
臓器提供した50代の男性は24日に脳幹出血で倒れ、集中治療室に入った。規定通り所持品を確認したところ、臓器提供の意思を示し、本人と家族の署名が入った意思表示カードがあった。脳死判定を担当した佐藤温(ゆたか)・神経内科部長は「内規で通常より検査項目を増やし、慎重の上にも慎重を期した」と説明した。
心臓は国立循環器病センター(大阪府吹田市)で、九州から拡張型心筋症で入院待機していた50代の男性に移植された。29日午前1時52分、心臓が拍動を再開した。
今年は、脳死判定された9例すべてで心臓移植が実施されている。センターの脳死移植に当初からかかわってきた中谷武嗣・臓器移植部長は会見で「少しずつだが提供が増えてきた。心臓移植でしか元気になれない人には、最後の治療法。移植医療への理解が進めばと思っている」と話した。

○生体・海外移植が増加
脳死判定から移植への流れは、かなり安定してきた。
日本臓器移植ネットワークによる初期27例の分析では、コーディネーターが家族に脳死後の臓器提供を説明する時間は平均85分だった。あるコーディネーターは「初期は『脳死とは』から説明が必要だったが、最近は脳死という言葉を知っている人が多くなった」という。
当初、臓器移植以外の場面と混同し、検査の順序や手法のミスが続発した脳死判定だが、提供例の検証作業にもかかわる島崎修次・杏林大教授(救急医学)は「最近は理解が広がり、問題になりそうな例が少なくなった」と分析する。
移植の成績は順調だ。
99年に大阪大で最初の心臓移植を執刀した松田暉(ひかる)名誉教授(現兵庫医大理事)は「厳しい法律という意見もあったが、私は『その中で実績を上げろ』という社会のメッセージだと受け取った。今年9月末までの国内の心臓移植の成績は5年生存率が89・6%と、世界平均と比べても20ポイントほど高い」と言う。免疫抑制剤の発達のほか、移植医による臓器の事前評価の徹底などが寄与した。
ただ、49例の脳死臓器提供は、米国だと数日分。脳死移植実施数が伸び悩むなか、増えたのは生体移植だ。健康な人から一部をもらう生体肝移植は97年に157例だったのが昨年は561例。生体腎移植もこの間に倍増した。海外での移植も多い。
ネックの一つは、意思表示対策の不徹底だ。
ネットによると意思表示カードは法施行後、約1億800万枚が配られたが、内閣府の一昨年の世論調査では所持率10・5%。常時持ち歩く人は4・4%。脳死判定1例目で世間の関心が高まった98年度には約3300万枚が配られ、脳死判定された50人でもこの時期のカードが目立つが、現在の配布は年間670万枚と5分の1だ。
もう一つが、設備と脳死判定のスタッフが十分整い、臓器提供のできる施設が限られていることだ。現状では全国で310の医療機関に運ばれた人しか、対象にならない。

●心臓・肝臓での待機は平均2年
法施行から脳死判定48例の今年6月末までに、日本臓器移植ネットワークには意思表示のカード・シールがあったとの情報が1121件寄せられた=図。うち約6割の713人は脳死での臓器提供意思があった。
だが、約半数の361人は提供指定施設でない施設におり、脳死判定が間に合わなかった人も除くと、法的脳死判定をするか検討したのは212人。脳死でなかったり、家族が承諾しなかったりなどで、脳死判定を受けて臓器提供に至ったのは47人となった。
50例の脳死判定は、ネットの集計などによると男性27人、女性22人、非公表1人。70代の1人を含む40代以上の中高年者が全体の6割を占める。
法の運用指針による提供指定施設の対象は全国で475施設。うち、体制が整っているとしているのは310。脳死判定をしたのは24都道府県の47施設で、3例の日本医大病院と2例の帝京大病院を除くと、1例ずつ。
国内の心臓や肝臓の移植待機日数は平均2年ほどで、重症患者には長い。米国で心臓の重症患者の待機日数は平均56日。国内の心臓移植は累計252人が登録し、87人が亡くなっている。27人は海外に渡った。
50例目までの移植患者は、心臓38、肺29、肝臓34、膵臓(すいぞう)4、膵腎同時25、腎臓56、小腸1の計187人。48例目までの生存率は、心臓94%(36人中34人)、肺67%(28人中19人)、肝臓75%(32人中24人)。

●患者団体は「法改正を」
臓器移植患者団体連絡会の大久保通方・代表幹事は「9年間で判定が50例とは『たった、これだけか』と残念。今の制度では、(臓器を)提供したい人の意思が十分生かされていない」と強調。「何とか法律を改正し、脳死移植が広がるよう努力を続けたい」という。
今年3月、臓器移植法の改正2案が国会に提出された。臓器提供時に限り脳死を人の死とする現行法に対し河野太郎衆院議員(自民)らによる「河野案」は脳死を一律に人の死とし、15歳未満の臓器提供や本人の拒否がない場合の家族同意による臓器提供を認める。一方、斉藤鉄夫衆院議員(公明)らによる「斉藤案」は現行法の枠組みを維持し、意思表示を認める年齢を現行の15歳以上から12歳以上に引き下げる内容だ。
しかし、今国会は重要法案が目白押し。今秋の厚生労働委員会審議入りは微妙な情勢だ。

■脳死移植をめぐる主な動き
68. 8 札幌医大の和田寿郎医師が日本初の心臓移植(患者は後に死亡)。後に殺人容疑で告発されたが不起訴
85.12 厚生省(当時)研究班が脳死判定基準を公表
90. 3 国の臨時脳死及び臓器移植調査会(脳死臨調)が初会合
92. 1 脳死臨調が「脳死は人の死」とする答申。否定する少数意見も付記
97.10 臓器移植法施行
99. 2 高知赤十字病院で法施行後初の脳死判定、臓器提供
06. 4 脳死移植に公的医療保険が適用に
06.10 脳死判定50例目、提供は49例目

◆脳死臓器提供の流れ(日本臓器移植ネットワークなどによる)
国内の年間志望者数 約102万人
臨床的脳死者 約3千人(推定)

日本臓器移植ネットワークに寄せられた情報
1121件(97年10月~06年6月)

<手続きの流れ>
◇意思表示カードの記載
脳死での臓器提供を表示 713件
心停止後での臓器提供 75
提供拒否 1
記載不備、不明 332

◇脳死判定ができる医療施設か
可能な施設 352
不可能な施設 361

◇意思表示カードが確認された時期
心停止前 212
心停止後 140

◇法的脳死判定
脳死と判定 48
対象外 164

◇脳死提供
判定度、提供されず 1

脳死での臓器提供 47

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