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005162009年04月08日朝刊2総合00202883文字臓器移植法の改正案を審議する衆議院の小委員会が7日、10カ月ぶりに開かれた。脳死になった人の臓器を別の人に移植するために摘出する手順などを定めた法の施行から約12年。臓器提供は依然少なく、海外に渡っての移植に望みをつなぐ患者は後を絶たない。世界保健機関（WHO）が渡航移植を規制する方針を5月の総会で決議する見込みが強まり、国内での移植のあり方をめぐって議論が本格化する兆しが見え始めた。
（長野剛、南彰）

●強まる渡航移植規制
衆院厚生労働委員会の小委員会のメンバー12人が7日、臓器移植の経験が豊富な東京女子医大病院（東京都新宿区）などを視察した。同病院では補助人工心臓を装着し、心臓移植を待つ女性患者が「元気になりたい」と告げたという。三ツ林隆志小委員長（自民）は「移植で助かる方のことをしっかり受け止め、（審議を）進めたい」と語った。
臓器移植法には施行後3年の見直し規定があるが、これまで実質的な審議はなかった。ところが、改正に慎重だった厚労委の与野党理事が今春、一定の結論を出すことに前向きな姿勢に転じた。自民党の大島理森国会対策委員長も3日、今国会で採決にこぎつける意欲を示した。民主党も本格的な審議に備える勉強会設置の準備に入った。
移植を待つ間に亡くなった患者の遺族らは14日に東京で開く集会に与野党議員を招き、改正を直接訴える。改正に慎重なグループも先月、都内で緊急集会を開いた。
にわかな動きは国際社会の動向によるところが大きい。WHO理事会は1月、患者が外国に渡って移植を受けることで、現地の患者の移植の機会が奪われる問題をなくす決意を、5月の総会に諮る議案に盛り込んだ。ただちに渡航移植が禁じられるわけではないが、三ツ林氏は「海外ではますますやりづらくなるだろう」と危機感を募らせる。
こうした環境の変化が、「国会の不作為を問われかねない」（衆院厚労委理事）という議員心理につながり、議論を促している構図だ。
移植を待つ患者に比べて臓器提供が少ない日本からは、毎年、患者が海外に渡る。正確な統計はないが、日本循環器学会の調査では、97年4月～08年10月、海外で心臓を移植された日本人は78人。国内より20人多かった。
厚労省研究班の06年の報告では、日本人の心臓移植を受け入れてきた国は米独など5カ国。移植医らによれば今後は米国だけになる見込みだ。
国外で移植を受けられるのは、心臓なら1億円前後の医療費を調達できた一部の患者だけだ。それでも受け入れ側に不満が残る。ドイツ移植財団のギュンター・キルステ理事は「わが国でも毎日、患者が移植を受けられずに亡くなっている。先進国の日本が臓器不足を解決できないはずがない」と疑問を投げかける。

●現行法下、増えぬ提供
臓器は血流が止まると急速に機能が落ち、移植に適さなくなる。臓器移植法ができ、心臓のほか、近親者からの提供に頼るほかなかった肝臓なども、脳死した人からの提供を受けられるようになった。
だが、脳死した人からの提供は81例。日本移植学会によると、心臓移植が必要な患者は推定で年間228～670人もいる。日本で脳死で臓器提供した人は人口100万人当たり0・1人（08年）。提供の大半が脳死者からのスペインの34人（心停止からの提供を含む、06年）、米国の27人（同）と開きがある。
日本の臓器提供の少なさの要因に、臓器移植法の厳しさを挙げる移植関係者は多い。
現行法では、提供の意思を意思表示カードなどに記してあった人が、実際に脳死になって家族が同意した時だけ臓器を摘出できる。家族の同意だけが必要なWHO指針に比べ、ハードルは高い。
また、法の運用指針で、脳死段階で臓器を提供できるのは、遺言が可能な15歳以上に限られている。心臓などは大きさが近くないと移植できないため、子どもの患者には大きな壁だった。
横浜市の中沢奈美枝さん（34）は昨年末、心臓移植が必要な長男の聡太郎君（1）と渡米し、移植前に亡くした。移植できたとしても、米国の子ども一人の生きる機会を奪うことになったのでは、と中沢さんは悩む。「こんな思いを強いる現状を国会で真剣に考えて」と訴える。

◆「人の死」いつ？ 虐待の子、見抜けるか
改正3案のうちA案は脳死を一律に人の死とする。本人が脳死からの臓器提供を生前に拒んでいない限り、年齢に関係なく家族の同意だけで提供が可能だ。臓器提供の拡大を目指す日本移植学会などが支持する。
現在、臓器移植法に基づいて脳死と判定された場合以外は、医学的に同じ脳死状態を経たとしても、心臓死になった時が人の死とされている。
こうした考え方を変えるA案に抵抗感をもつ人も多い。東京都大田区の中村暁美さん（45）は一昨年、医学的に脳死と判定された4歳の長女を2年近い闘病の末にみとった。3月末、A案に反対する議員らの集会で、「心臓が止まり、腕の中で青ざめ、冷たくなっていった娘は、確かにその時まで生きていた」と訴えた。A案が通っても医師は治療を尽くしてくれるだろうか、と不安を口にする。
A案には、子どもの脳死判定は大人より困難だとの指摘や、親から虐待を受けた子の臓器がその親の同意で提供されてしまう懸念もある。
B案は年齢制限を12歳以上に下げ、子どもへの移植をしやすくするが、引き下げ幅が小さく効果は限定的との見方がある。脳死の定義を厳しくするC案は、A案の対極とされる。脳死判定項目に「脳血流の途絶」などを加えるよう求めており、技術的に判定できない医療機関が増える可能性も指摘される。
脳死の問題は死生観にかかわるため、採決に至っても自民、民主両党などは党議拘束をかけない見通しだ。社民党の阿部知子衆院議員は「浮足だった国会情勢で進めるのはおこがましい」と批判する。
年齢制限をなくす代わりに脳死判定や移植のチェックを強め、移植に積極的な議員らと慎重な議員らとの接点を探る動きがあり、今後も様々な議論が浮上する可能性がある。総選挙を控え議論は始まったばかりだ。

■現行の臓器移植法と各改正案の違い
◇現行法
【脳死の位置付け】 脳死からの臓器提供の意思がある場合のみ「人の死」
【提供の条件】 本人の書面による同意と家族の同意
【臓器提供可能年齢】 15歳以上
＊
◇A案（06年、中山太郎氏らが提案）
【脳死の位置付け】 一律に人の死
【提供の条件】 家族の同意 本人が生前に拒否なら不可
【臓器提供可能年齢】 無制限
＊
◇B案（06年、斉藤鉄夫氏らが提案）
【脳死の位置付け】 現行法と同じ
【提供の条件】 現行法と同じ
【臓器提供可能年齢】 12歳以上
＊
◇C案（07年、阿部知子氏らが提案）
【脳死の位置付け】 現行法と同じ 定義は厳格化
【提供の条件】 現行法と同じ
【臓器提供可能年齢】 現行法と同じ

【写真説明】
日本医科大を視察した衆院厚生労働委員会の小委員会メンバー＝7日午前、東京都文京区、高橋雄大撮影