(声)臓器移植論議に謙虚さ必要

(2009年05月02日)

004832009年05月02日朝刊オピニオン201200444会社員 酒井貴志(前橋市 49)
臓器移植法施行から12年たつのに臓器提供が依然少なく、一方で世界保健機関(WHO)が渡航移植を規制する見込みが強まっているという。
そもそも、人間が自己再生不能な臓器を病むことによって死を迎えざるを得ないことをもっと謙虚に受け止めるべきではないか。
再生できる血液や、2個ある腎臓など一つを失っても提供者が生きていける場合はまだしも、心臓のように他人の死を前提にする移植は、「生きること」への過ぎた執着に思える。申し訳ないが、その方の天寿とあきらめることも日本人の考え方だ。欧米と臓器移植を巡る考え方に違いがあるからこそ、臓器提供は進まない。それが悪いこととは必ずしも言えまい。私は、自分が臓器移植が必要な身体になったら、天命だと悟るだろう。2人の子どもについても同じだ。
貧しい国の一部には、腎臓を売買する悪質なブローカーも存在するという。金持ちが命をお金で買うような理不尽がまかり通らないように法の整備、臓器移植について日本人らしい論議を期待する。