勝海舟

勝海舟

勝 海舟 / 勝 安芳(かつ かいしゅう / かつ やすよし)は、幕臣、政治家。明治期の枢密顧問官、位階勲等は正二位勲一等伯爵。幼名は麟太郎(りんたろう)。本名義邦 (よしくに)、維新後改名して安芳。これは幕末に武家官位である「安房守」を名乗ったことから勝 安房(かつ あわ)として知られていたため、維新後は「安房」をさけて同音(あん−ほう)の「安芳」に代えたもの。海舟は号で、佐久間象山から受領の篆刻「海舟書屋」からとったという。

1823年
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江戸本所亀沢町で生まれる

(1823年)

文政6年(1823年)、江戸本所亀沢町の生まれ。父・小吉の実家である男谷家で誕生した。

1838年
07月

家督相続

(1838年07月27日)

家督相続し、小普請組に入り、40俵扶持。

1855年
01月
07月

海軍伝習重立取扱と就る

(1855年07月29日)

08月
1856年
03月

講武所砲術師範役と就る

(1856年03月11日)

06月
1859年
11月
1860年
01月

品川より咸臨丸出航。

(1860年01月13日)

02月

サンフランシスコに入航。

(1860年02月26日)

閏3月8日、サンフランシスコを出航。改元して万延元年5月6日、品川沖に入航。

05月

江戸に帰府。

(1860年05月07日)

06月

石高400石

(1860年06月24日)

天守番頭過人・蕃書調所頭取助と就る。石高400石取りとなる。

1861年
09月
1862年
文久2年
07月

二の丸留守居格軍艦操練所頭取に異動。

(1862年07月04日)

閏8月17日、軍艦奉行並に異動。役高1000石。

1864年
文久4年
02月

神戸操練所運営を委任される

(1864年02月05日)

2月5日、摂海警衛及び神戸操練所運営を委任される。改元して元治元年5月14日、作事奉行次席軍艦奉行に異動…

1866年
慶応2年
05月
1867年
慶応3年
03月

海軍伝習掛を兼帯

(1867年03月05日)

1868年
慶応4年
01月

海軍奉行並に異動

(1868年01月17日)

役高5000石。列座は陸軍奉行並の上。

陸軍総裁に異動

(1868年01月23日)

列座は若年寄の次座。

02月
03月

西郷隆盛と会見

(1868年03月13日)

3月13日と同月14日、薩摩藩江戸藩邸にて西郷隆盛と会見。同日、江戸城無血開城。

1869年
明治2年
07月

諱を安芳と改める

(1869年07月13日)

7月18日、維新政府の外務大丞に任官。8月13日、外務大丞を免ず。

11月

兵部大丞に任官

(1869年11月23日)

1870年
明治3年
06月

兵部大丞を免ず

(1870年06月12日)

1872年
明治5年
05月

海軍大輔に任官

(1872年05月10日)

6月15日、従四位に昇叙し、海軍大輔如元。

1873年
明治6年
10月

参議に転任し、海軍卿を兼任

(1873年10月25日)

翌年2月18日、正四位に昇叙し、参議・海軍卿如元。

1874年
明治7年
02月
1875年
明治8年
04月

元老院議官に異動

(1875年04月25日)

元老院議官を辞表を提出

(1875年04月27日)

11月

元老院議官を免ず

(1875年11月28日)

1887年
明治20年
05月

伯爵を受爵

(1887年05月09日)

12月、従三位に昇叙。

1888年
明治21年
04月

枢密顧問官に任官

(1888年04月30日)

10月、正三位に昇叙し、枢密顧問官如元。

1889年
明治22年
05月

枢密顧問官辞表を提出するが、翌日却下

(1889年05月08日)

12月、勲一等瑞宝章を受ける。

1890年
明治23年
07月
1894年
明治27年
06月
1896年
明治29年
10月

枢密顧問官辞表を提出する

(1896年10月27日)

枢密顧問官辞表を提出するが、11月4日、却下。

1898年
明治31年
02月

旭日大綬章を受ける

(1898年02月26日)

1899年
明治32年
01月

脳溢血により死去

(1899年01月21日)

明治32年(1899年)1月19日に脳溢血により意識不明となり、21日死去。最期に遺した言葉は「コレデオシマイ…