脳死論議、遺族に響かず 提供のための死ではない 臓器移植法改正案審議

(2009年05月28日)

004642009年05月28日朝刊3社会02901965文字 臓器移植法の改正を巡って27日に開かれた衆院厚生労働委員会では、この問題で初めて、議員同士が意見を戦わせた。しかし、肉親の臓器提供を経験した遺族らの中には、改正論議と遺族らの思いとの隔たりを感じている人も多い。(長野剛、北林晃治)

人は、心臓が完全に止まった時に、亡くなったことになる。生前、本人がどう考えていたかは関係ない。臓器移植法では、脳死になったら臓器を提供したいと、本人があらかじめ書面に残していた場合だけが死となる。衆院に提出された改正4案のうち、B、C、D案と呼ばれる3案も、原則的にこの考え方を踏襲する。A案だけは脳死は一律に人の死という考え方に立つ。
27日の厚労委で質問に立った自民党の林潤議員が「脳死判定後も心臓は動き、ぬくもりはある。死とされることに不条理を感じる」と語ったように、法施行から約12年たった今も、何をもって死とするか、多様な考え方がある。
北陸地方に住む川島文子さん(50)は数年前の夏、夫の行雄さん(当時47)の脳死からの臓器提供に同意した。行雄さんの「脳死での死」を了承したことになる。
新聞販売所に勤務していた行雄さんは、仕事先で脳内出血に倒れ、入院。4日後に急変し、医師に「脳が死んだ」と告げられた。人工呼吸器につながれ、肌つやも衰えた行雄さんに付き添う川島さんは、もう夫がそこにいない気がして、息子に言った。「お父さん、死んじゃったね」
時がたち、脳死は臓器提供の時だけ死になる、と知った。「脳死を心臓死と違うと決めた人は、夫が本当は死んでいなかったとでも言うのだろうか。私は夫が亡くなったから、提供に応じたのに」。違和感がぬぐえない。
昨年、脳死になった夫(当時57)の臓器提供を経験した愛知県の女性(55)は「心こそすべて。脳が死んで心が全く消えたら、生きているとは思わない」と思う。でも、そんな人が必ずしも多数派ではないと感じる。
女性が夫の死を受け入れた後、病院は臓器提供の話を切り出してきた。だから、素直に応じられた。「病院が家族の心情に寄り添うことが大事だと思う。脳死や臓器提供の話はその後のことだ」。それが、脳死を死と受け入れられない家族たちも救われる道だと考えている。

●生前の意思考える方策を
愛知県の呉服商、河原克彦さん(48)は97年、2歳の次女の実加ちゃんを交通事故で亡くし、心停止後の臓器提供に同意した。体の一部でもこの世に残っていて欲しい、という思いからだった。
時がたち、それは親の一方的な思いだったのかも、と思うようになった。つらくて車の運転中に涙があふれた。提供時、「娘ならどう思うか」と考えられなかったことへの後悔だった。「娘は提供を望んだのか」と悩み続けた。
心停止後の臓器提供は、本人の意思が不明でも家族の同意だけでできる。改正A案とD案の15歳未満の提供規定は、脳死でも家族の同意での提供を可能にする。河原さんは「家族が必ず、本人の生前の意思を考えるよう促して欲しい」と願うが、A、D案はそれを明記していない。
委員会審議では家族らの悩みは取り上げられなかった。

○「死」いつから 衆院委で応酬
27日の衆院厚生労働委員会で、原則「脳死は人の死」と位置づける臓器移植法改正A案が施行された場合に、どの段階から「死体」となり、臓器を摘出するのに本人の意思を問う必要がなくなるのかを巡って、激しいやりとりがあった。
A案提案者の河野太郎議員(自民)は「死」の始まりを「法的脳死判定で脳死と判定された場合」とし、医療行為の一部として行われる臨床的脳死診断については、「人の生死に関係ない」と答えた。
この答弁に対し、阿部知子議員(社民)が「無呼吸テストを含む法的脳死判定は、死を早める危険性がある。(まだ生きている)本人が意思を明確にしていないのに、なぜ家族の意思だけでやっていいのか」と追及。河野議員らが理由を明確に答えられない場面もあった。いつをもって「死」と位置づけるかという問題は審議の行方に微妙な影響を与えそうだ。(南彰)

■現行の臓器移植法と各改正案
・脳死の位置付け
<現行法>本人に脳死からの臓器提供の意思がある場合のみ「人の死」
<A案>脳死は一律に「人の死」(判定拒否権は認める)
<B案>現行法と同じ
<C案>現行法と同じ。定義(判定条件)を厳格化
<D案>15歳以上は現行法と同じ。未満は家族の同意

・臓器提供の条件
<現行法>本人の書面による意思表示と家族の同意。15歳以上
<A案>本人に拒否の意思がなく、家族が同意した場合
<B案>現行法と同じ。12歳以上
<C案>現行法と同じ
<D案>現行法と同じ。15歳未満は病院側の確認が必要

【写真説明】
衆院厚生労働委員会で、臓器移植に関する質問に答える法案提出者たち=27日午前、河合博司撮影

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