「ダダ」という名称が考案される

(1916年04月18日)

バルは雑誌「キャバレ・ヴォルテール」の序文でもう1つの雑誌の刊行を約束してこう書いた「この雑誌はチューリヒで刊行され、「ダダ」という名前をもつだろう。ダダ、ダダ、ダダ、ダダ」
「ダダ」という語の起源については、ツァラとヒュルゼンベックとのライバル関係を反映して、2つの異なった説明がなされている。ツァラはあとになって自分がこの語を発明したと主張したが「(2月8日にチューリヒのカフェ(テラス)でツァラが小ラルース時点から偶然発見したという説が一般的である」。もっとも、ヒュルゼンベックとツァラとバルがわかちあったのは、ダダという単語が多くの言語で異なった意味に用いられている事を強調している点だった。諸言語の間で共通の意味をもたないこの単語は、ダダたちが同時代の出来事の外部に自分の存在を実感しているのと同じように、外国語の外部に位置していたのである。

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