「キャバレの演目つきダダの夕べ」

(1916年03月31日)

ここでトリスタン・ツァラによる複数のパートが同時に語られる「同時進行詩」のパフォーマンスが初めて公開された。ツァラはフランスの詩人アンリ=マルタン・バルザンとフェルディナン・ディヴォワールの前例をとりいれたばかりでなく、自分自身の作品も演じてみせた。「監督は貸家を探す」である。そこでは関連のない3つのテクストがヒュルゼンベックのドイツ語、ヤンコの英語、ツァラのフランス語で同時に朗読され、ドラムや呼子やがらがらの騒音をともなっていた。この作品は故意に騒々しさを狙ったもので、詩とコミュニケーションの本質自体への挑戦であり、バルザンの「同時に進行する声、リズム、歌」や、アポリネールの会話詩、あるいはマリネッティの自由語といった戦前の実験をこえる射程をもっていた。
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マルセル・ヤンコ「黒人の歌」のためのスケッチ

この日の観衆はもっと不可解なパフォーマンスへと導かれてゆく。ツァラとヒュルゼンベックは、図書館にあった実際のアフリカの詩からさまざまな「黒人の歌」をつくりだし、ヒュルゼンベックの大太鼓のリズミカルなビートにあわせて、これらの詩を原語で朗読した。生のままの状態では、同時進行詩同様「黒人の歌」は観衆にとって意味不明なもので、ただ挑発的なだけだったが、彼らにとってはもっと真剣な意味があった。疲れきったヨーロッパの伝統文化を、純粋で損なわれていない要素の導入を通じて再活性化することを、彼らは提案したのだ。そして、この要素がーまだ全体として植民地化されていたとはいえーアフリカについての急進的で根源的な見方に結びついたといってよい。次の2ヶ月間には、激しい手足の動きやねじれをともなう黒人ダンスが登場した。衣装には現職と幾何模様が用いられ、ダンサーはあっと驚くような仮面をつけていた。

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