フーゴ・バル「象の隊商」

(1916年06月23日)

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フーゴ・バルの実演
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この作品では、音節ごとに区切られた一連の音声を発する事で、音のリズムや発声法や音量を通じて、情緒的レヴェルで普遍的に感知可能な意味の要素を伝える事ができた。初期の活動についての「時代からの逃走」の記述には臨場感がある。意図は真剣なものだったが、バルは彼の外観の滑稽な面を故意に強調していた。
「私は自分で特別の衣装をつくった。両脚は光る青色のボール紙の円筒につつまれ、円筒が腰の上まで来ていたので、まるでオベリスクのように見えた。その上から表が金色で、裏が緋色のボール紙を切り取った大きなコートを着た。紙のコートは首のところで留めてあって、肘を上げ下げすると翼を動かしているようだった。頭には、青と白の縦縞の魔法使いの山高帽をかぶった。円筒のなかでは脚が動かず歩けなかったので、見つからないようにこっそりとステージに運ばれ、ゆっくりと、おごそかに口を開いた。

ガジ ベリ ビムバ
グランドリディ ラウリ ロンニ カドリ
ガジャマ ビム ベリ
グランドリディ グラッサラ…
……

口調はしだいに重々しくなり、子音の響きが鋭さを増すにつれて調子が強くなった。すぐに気づいた事だが、真剣な態度を維持しようと思っても(私はなんとかしてそうしたかった)、私の表現方法はステージ上の私のいでたちのけばけばしさにはおよばなかった…重々しい母音の連続と象の歩行のようなドスンドスンというリズムから、私は最後のクレシェンドへと到達する事になっていた。だが、いったいどうやっておわりまでたどりつけるだろうか。そのとき私は、自分の声が古代の僧侶の哀愁にみちた読経の調子に似てくるほかはないことに気づいた。やがて、私は魔法使いの僧侶のように舞台から担ぎおろされた。

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